市民ケーンを語る

歴史的名作ということで前々から見よう見ようとは思っていが
なかなか機会も無く見れないでいた作品
時間も少し出来たので作品鑑賞をした

あらすじや批評についてはWikipedia等ネットでいろいろ情報があるのでここでは割愛

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%82%E6%B0%91%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%83%B3
(市民ケーン:Wikipedia)

さてストーリーのカギは主人公である新聞王ケーンの最後の言葉「バラのつぼみ」の解釈であり
その内容は満たされかかった愛だの、小さい頃の思いでだのいろいろあって
どの解釈も筋は通っているし納得させられる部分はある

しかしオレのなかでどうも腑に落ちない部分もあって
もっとシンプルで核心に迫った解釈があるとも思っていた

じゃあオレはどう解釈したか

バラのつぼみなんてどうでもいい

呆気にとられそうですが
いろいろ考えた結果こうなりました

監督、製作、脚本のオーソン・ウェルズはシンプルに本作のモデルである
ウィリアム・ランドルフ・ハーストを描きたかった

これに尽きると思っています

しかし彼の生い立ちをただ映画化するだけでは
メッセージ性や映画としてのエンターテインメントに欠ける
そこで後付け的に「バラのつぼみ」を作品のカギとして位置づけた
作品のカギなりキーワードがあれば視聴者は何かと理解しやすいし自分を納得させることも出来る

彼の一生をそのまま映画化するんじゃただの自伝映画だから観客はオモシロクない
映画である以上謎解きやストーリー性、エンタメ性が求められる
愛のお話なら分かりやすいし何かと都合も良い

何よりウィリアム・ランドルフを良く撮っているとは言えない暴露作品だけに
ウィリアム・ランドルフからの反対や妨害は容易に予測できる

Wipipediaにもあるように
事実市民ケーンへの妨害はなかなかのものだったそうです
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AB%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88
(Wipipedia:ウィリアム・ランドルフ・ハースト、妨害に関してはその他の項目を参照)

外国の事だから事のリアリティや重要性は実感が難しいが
市民ケーンを今の日本で例えるならば有名な新聞会社の会長や芸能界のドンの暴露映画を作るようなものだろう

そう考えると当初の市民ケーンの反応は想像出来るのではなかろうか

そこまでのリスクを覚悟で作品化に踏み込んだわけだから
ウィリアム・ランドルフのキャラクターや魅力が爆発的だったに違いない

こうした背景があるゆえ
本作の価値や面白さを理解するのは現代人には少し難しいのではなかろうか
彼を知り彼と同時期に生きた人間こそ作品の魅力が実感できると思う。

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