時々人から道を聞かれるからヤバい人では無いはず~多少の人徳はあると思う

台湾時代は2、3ヶ月周期で1回は聞かれるし、日本にいても2、3年に一度は道を聞かれる。

人に道を聞くのは勇気がいると思うし、外国人に比べシャイな日本人ならそれは尚更だと思う。

つまり道を聞くというのは相手が誰でもいいわけではない。

敢えてスリルを求めて薬物中毒者らしき挙動不審な人間や反社会的な外見の人間に道を聞く人間はいないだろうし、説明能力に期待が出来ない子供に道を尋ねることもないだろう、ホームレスに道を聞く人もいないだろうし、認知症も出てくる高齢者に聞くことはないはずだ、ましてや下らない雑談につきあわされようものなら溜まったものではない。

道を聞く相手というのは
・安全そう、危害を加えて来なそう
・標準レベルの清潔感
・標準レベル以上の知的水準
・標準レベル以上の情緒の安定
・地元に詳しそう
・雰囲気、外見が好み or 嫌いじゃない、気持ち悪い人ではない

を持っているであろうと期待できる人であり、道を聞く人はそれを意識 or 無意識のうちに判断しているわけで、道を聞かれる人はそこをクリアしているとオレは考えている。

そんなわけでオレは社会に多大に貢献している人間ではないが、道を聞かれるうちはまだ人の道からは外れていないと思っている。

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