泣けるCMで泣けない

社会構造的に社会が豊かになってしまうと泣けるCMで泣けなくなる気もする。

戦争とは程遠く、衣食住は十分なレベルとなり生命や飢餓の危機にさらされることは無い、大半の人は頭がボケてくる80代まで普通に生きれる。今や誰もが大往生時代。その上交通網の発達で転勤留学等で遠方に離れ離れになっても永遠の別れという状況でもない。金さえあればどうにでもなるのだ。

泣くというのは危機的や絶望的な状況に直面した場合の行動だから、危機的状況に直面しにくい現代では泣ける状況というのが身近なリアルではなく、バーチャルな世界の話になってしまっている気もする。

この記事を書いたのも理由があって、この季節になると毎年思い出すのがJR東海(新幹線)のクリスマスエクスプレスだったかシンデレラエクスプレスのCMで、今みたいに格安航空会社なんて無いし、携帯電話なんてない時代だったから遠方に行った友人恋人との待ち合わせはそれはそれは大変なものだった。

事前に待ち合わせ時間と場所をしっかり連絡取り合って、待ち合わせ時間にきちんと待つことが当たり前だったよき時代。今のようにざっくり待ち合わせ場所と時間だけ決めて、当日は携帯電話で連絡取り合えばなんとかなるだろうなんてやってたら永遠に会うことが出来ない。永遠は言いすぎだが少なくとも駅の呼び出しサービスのお世話になることだろう。

今なら 「明日 渋谷駅で待ち合わせね(あとは明日渋谷についたら携帯で連絡とりゃいいだろう)」というのが、携帯電話の無い時代は「明日午前10時に 渋谷駅のハチ公前で待ち合わせね」 だったわけです。

携帯電話のせいで人々から計画性と想像力が失われたよね。現代人を無力化するには携帯電話を奪えばいいと思う。

社会から不便や不幸が無くなるということは、泣ける状況が無くなるわけだから泣けるCMで泣けなくなるわけ。

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