ゲームを良くするのはプレイヤーとの交流だと思う

Xboxで遊んでいて感じるのはXboxは洋ゲー文化である。

つまり日本のゲームコミュニティとは楽しみ方が結構違うように感じる。

日本は欧米の作品を意識し、逆も然り、そこに市場のグローバル化が絡まって、大手の作るゲームなんかは一つの方向に収束している気もするが、しかし日本のゲームと洋ゲーは作り方もそうだがコミュニティも別々なのかなと思ったりしてしまう。

日本のゲームは販売後のバグを嫌ってか作り込んでから販売する風潮があるようでスケジュールを延期する傾向が強いように思う、一方洋ゲーはなるべく日程遵守であとは市場デバッグやアップデートで対応していく方針で、初期バージョンというのは致命的な欠陥やゲームバランスの不良等問題が多いのだがバージョンアップを度重なるバージョンアップを重ねて問題を解決していくような文化ではないかと思う。

作品のクオリティ向上のカギにユーザーの声のフィードバックがあると思うが、洋ゲーはここが強いし日本のゲームはここが弱いように感じた。もちろん消費者の声をいちいちまともに聞いていたら収拾がつかなくなるから意見の選択は必要である。また消費者の声というのは90%くらいは捨てても良いと思っているが残りの10%というのはバカに出来ない。改善すると確実に作品は良くなる内容のものだからだ。

洋ゲーなんかはメーカー公式なのか良くわからないが、ネット上で開発者とプレイヤーのネット上の意見交換が盛んでプレイヤーの声というのが次のバージョンでしっかり反映されて、問題が解決されたり、操作性が改善されたりと目に見えて改善されていくから、発売当時は評価が芳しく無かった作品も半年くらい経つとレビューの内容が見違えて良くなってくる。

日本のゲームというのはプレイヤーと開発者との”直接的な”交流が非常に弱い。日本のメーカーがユーザーの声を直接拾おうとしない理由には、いたずら対策もあるだろうが、プレイヤーの意見には何らかの形で対応しなければならない、という”お客様は神様”思想が自分たちの首を締めてしまっているのではなかろうか。

プレイヤーの意見を聞いたら何らかの反応をしなければならない、それが嫌ならプレイヤーに意見を求めなければいい。おかげで直接的な客のクレームは開発者に入らなくなったが、同時に改善案が入ることも無くなった。これが日本のゲーム業界においての作品の成熟を遅らせている原因かと思われる。

今の開発規模でメーカー主体でゲームを作っていくことは困難である。例え苦言が多くとも積極的にプレイヤーの声を拾っていくようで無ければ歴史に名を残す新しいゲームは生まれないのである。安定したヒットを狙ってリメイクに走る日本のゲーム業界は転換が必要なのだ。

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