エースコンバット7から考える 洋ゲーの割り切り設計は次回作ACにも影響するのだろうか

私の場合メインで遊ぶゲームがForzaやNFS、CREWのような洋ゲーのレーシングゲームなので、久々に遊んだACシリーズの文化の違いに驚かされた。カテゴリが違うから驚いたのではなく、考え方の違いに驚いたのだ。

NFSは映画ワイルドスピードのような世界観を売りにしたゲームなのでレースシーンだけでなく割りかしストーリーにも力が入っているので例外なのだが、Forza HorizonやThe CREWに関してはメインがマシンを操ることなので、シリーズが進むごとにストーリーの部分のウェイトが低くなっている。FH4もTC2もそうだが最新作はキャラの名前もストーリーの記憶も怪しいくらいに存在感が無いし、かといって不満もない。

UIの利便性とマシンの挙動が気持ちよければ他のことは重要ではないというのがストーリーよりもマシンの挙動に重きを置くモタスポ系のゲームを遊ぶ側の考えではなかろうか。

ところがACシリーズはストーリーもガチである。しかもシリーズが進むごとにストーリーのガチ度が上がるから驚かされるのだ。ネットのコメント欄を見ると、ストーリーに魅力を感じ感情移入して世界に没入するプレイヤーが一見たくさんいるように思えるのだが、果たして本当にガチのストーリーも求めているのだろうか、ネットに意見を反映するプレイヤーは作品に心を何らかの形で揺さぶられたごく少数で、大多数は声を上げないサイレントプレイヤーであり、そこの意見も反映すべきなのではと思う。

それができたからこそ洋ゲーはストーリーの部分は切り捨てマシンの操作やマップの充実にウェイトをかけることができたし。

ACに次回作があるなら開発リソースに直結するストーリーへのウェイトのかけかたは当然議論の的になると思う。

私としては判断が難しい所で、ストーリーは無くても構わないのだが、ストーリーの存在がゲームの世界観に没入する要素で有ることは確かで、メインとは関係のないモタスポゲームのストーリーにも手を抜かないのは日本の大手メーカーの特徴でもあり良い部分、残すべき美点でも有る。だからこそ悩ましいのだ。

AC7の残念な点は初心者へのハードルの高さにある。大半のプレイヤーにストーリーを楽しむ余地を与えないゲーム設計なのが残念であった、ストーリー設定に力が入っていた作品なだけに尚更だ。あれだけ初心者に難しく、何度もリトライや攻略の勉強を要求されるようであればプレイヤーは嫌気が差しストーリーを楽しむ余裕が無くなってしまう。

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