訴訟に期待をするのは間違っている

私は法律の素人ですので、こちらは専門性も正確性もない記事になります。

相手の制裁や攻撃の為に法的措置をちらつかせて裁判にいろいろ期待する人もいると思うけど、それは期待しすぎかなと思う。

こちらは日弁連の訴訟事件の件数だけど
民事第一審通常訴訟事件の新受付件数の推移

一年あたり数十万という膨大な数の件数があるのに、全てではないにせよ中心となってそれを処理する弁護士、検察官、裁判官の人数は約4万4千人。裁判官に至っては約3千人
法曹三者の人口の推移 (法務省)法曹三者の人口の推移 (法務省)

単純計算で少なくとも一人あたり一日数十件を処理しなければ裁ききれないことになる。効率的に処理しないといけないから手続きは形式的になるし、テンプレート化が進む。細かいことや厄介なこと、確率の低いことは避けるか捨てるというのが事件を担当するものの考えだと思う。つまりベストは尽くすが細かく入り込む事なんて出来ないというのが現実ではなかろうか。

こういう現実で依頼者が満額回答を期待することは無理がある。

弁護士に任せれば安心ということでもないし、訴訟をやれば自分が満足できる結果になると考えるほうが間違っている。

結局のところ訴訟は当事者や関係者、法曹と”みんなで作り上げるもの”みたいな要素もあって、協力するとこは協力する、抑えるところは抑える、主張することは主張する、とフェアでクリーンにならないと上手く進まないし、依頼人自らも動くなり情報収集、情報提供、法律の学習をしなければ満足行く結果に導けないと思う。

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